Interview

パン職人インタビュー

知念 裕之

次の日本代表を
送り出すことが今の目標

Baker

神戸屋キッチンアトレ恵比寿店

知念 裕之

クープ・デュ・モンド・ドゥ・ラ・ブーランジュリー2016
(飾りパン部門代表)第6位

ホテルマンからパン職人に

私は中途入社で神戸屋に入りました。前職ではホテルのレストラン部門で接客をしていました。仕事のなかで厨房の様子を見る機会も多く、そのうちにつくる方に魅力を感じていきまして。学生の頃からものづくりが好きで、職人になりたいという夢が捨てきれないまま働いていたんですよね。
ただ、料理だと自分には世界が広すぎる。そこで、パン職人かパティシエのどちらかにしようと迷っていた時に、ちょうど神戸屋の中途採用の求人を見かけました。そこにあった、初心者も歓迎という言葉を見て、転職を決めました。

最初の配属先は錦糸町店でした。その時の直属の上司が、後にクープ・デュ・モンド・ドゥ・ラ・ブーランジュリー(パンの世界大会)に日本代表で出場する山崎だったんです。当時、山崎は飾りパン部門での日本代表を目指してトレーニングをしていた期間で、自分も職人志向がありましたから飾りパンに興味を持ちまして。基本的なパンの指導に加えて、折に触れて飾りパンも教えていただいていました。その後、山崎が厳しい予選を勝ち抜いて日本代表になり、こんなに身近な人が世界の舞台に立つのだということが、自分のなかでかなり衝撃でした。

飾りパンの魅力をもっと知ってほしくて

神戸屋に入社するまで、当然ですが食べ物としてのパンしか知りませんでした。でも、先輩社員の活躍で飾りパンという芸術としてのパンの世界を知り、私自身も自然と飾りパンで日本代表を目指したいと思うようになりました。それに、日本では飾りパンがそこまで身近な存在ではないからこそ、もっとこの魅力を知ってほしいという気持ちもありました。リースやプレートなど王道的な作品もあるけれど、まさに立体作品をつくるように、思い描いている自分の世界観を形にしていく、創造的な面白さが飾りパンにはあります。とにかく自由だし、正解がありません。そんな魅力に惹かれて、入社2〜3年目の頃から通常業務に加えて飾りパンの自主練習を始めました。

飾りパンは食べるためのパンではありませんが、パンづくりのベースは持っていないとつくることができません。私は本当にずぶの素人として神戸屋に入社しましたから、まずは店舗で提供するパンづくりの基礎を固めていきました。一方で、先輩から直々に教えを請いながら飾りパンの練習も続けていました。
その後、クープ・デュ・モンド2012では、弊社の長田と畑仲が日本代表として出場し、総合優勝を果たしました。特に長田は同世代というのもあり、大いに刺激になりました。次は自分も挑戦しようと心が決まりましたね。

先輩たちのサポートがあったから
世界の舞台に立てた

日本代表を目指すトレーニングは、通常業務とは別の自主練習になります。だから、店舗の営業終了後に練習を行える環境など、周りの理解やサポートも重要です。神戸屋は日本代表をこれまで何名も送り出しているので、サポート体制もしっかりしていますし、挑戦しやすい環境であることは間違いありません。そうした練習環境に加えて、日本代表選出後には社外のチームメンバーとの合同練習のために通常業務を外れなければならないこともあります。そんな時に他店舗からヘルプに来てくれるスタッフがいたりと、会社のサポートには本当に助けられました。

そして何より、社内選考の頃から日本代表として世界大会に挑むまで、つきっきりで指導してくださった先輩の存在は本当に大きくて。特に日本代表選出後は、飾りパン部門のコーチにその先輩が就任してくれて。ただ、ストイックな方ですから、指導はとにかく厳しいです。「できないならできるまで練習しなさい」と何度も言われました。いい加減なことは許してもらえない。先輩がどう思っているかはわからないですが、私は本当に二人三脚で指導していただいたと思っています。厳しさのなかに愛情を持って接してくださり、普段のパンづくりにしても飾りパンにしても、すごく勉強させていただきました。

パンづくりにどんなに慣れても
真摯に向き合っていたい

パン職人として二十数年が経ちますが、日々刺激も発見も尽きず、飽きることがありません。また、パンをつくって販売する身として、大前提はやっぱり安心安全。そのうえで、パンづくりに対して真摯に向き合うことを心がけています。いい加減にやればいい加減になる、手をかければかけた分いいものができる。それがストレートに出るのがパンだから、上手い下手は別にして、常に気持ちを込めていたいですね。

一番の大敵は、流れ作業になってしまうことなんです。やればやるほど慣れるから、流してつくることを良しとしてしまうと、そこで成長も止まってしまいます。同じ工程でパンをつくるし作業として体は自然と動くけれど、その日の気温、季節や湿度で、同じ配合でも毎日違いが必ず出てきます。その違いを注意深く観察して、少しずつ工夫していくことでおいしいパンができると思うんです。そこは、特に日本代表経験者の皆さんは当たり前のようにこだわっているところで、私自身も大事にしたいと思っています。

メンバーとの連携プレイがあってこそ

神戸屋では粉から仕込んでパンをつくっていますが、毎日たくさんの量をつくるので、到底一人でできるものではありません。製造メンバーが、仕込み、成形、焼成とそれぞれの持ち場を担当しながら連携プレイでつくりあげていきます。だからやっぱり、一緒にパンをつくる店の仲間たちは重要な存在です。
私は以前、体調を壊して神戸屋を一度離れたことがあるんです。その後、体調が回復して、やっぱり神戸屋でもう一度やりたいと、再雇用制度を使って戻ってきました。そのとき、戻ってくる決め手になったのは、今までずっと一緒にやってきたメンバーだったんです。パン職人は楽な仕事ではないですが、それでもなんだかんだみんなやるし協力する。大変な仕事だと自分たちがわかっているからこそ、自然と相手に手を差し伸べる。思いやりのある人が多いんですよね。

職人という夢を持って始めた仕事。目指していた日本代表にもなることができ、それをもとにたくさんの経験もさせていただきましたし、本当に充実しています。今の目標は、神戸屋から次の飾りパン日本代表を出すことですね。私自身、社内の日本代表メンバーからアドバイスをいただけたからこそ、今の自分があります。その貴重な経験を、今度は若手メンバーに返していきたいと思っています。
また、こうして日々試行錯誤しながら、メンバーそれぞれがより良いものを目指してつくっている、その思いやおいしさが、ひとりでも多くのお客様に伝わることを願っています。

神戸屋キッチンアトレ恵比寿店

知念 裕之

クープ・デュ・モンド・ドゥ・ラ・ブーランジュリー2016
(飾りパン部門代表)第6位

2000年神戸屋入社。錦糸町店、ルミネ荻窪店、アーバンダイニング丸の内店オアゾ店、稲毛店を経て、現在は恵比寿店にて勤務。

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